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映 画
「ソフト/クワイエット」「老ナルキソス」などのとっておき情報
(2023年5月21日10:45)
映画評論家・荒木久文氏が「ソフト/クワイエット」「老ナルキソス」などのとっておき情報を紹介した。
トークの内容はFM Fuji「Bumpy」(月曜午後3時、5月15日放送)の映画コーナー「アラキンのムービー・ワンダーランド」でパーソナリティ・鈴木ダイを相手に話したものです。
鈴木 よろしくお願いします。
荒木 今日はね、ちょっと毛色の変わったとても個性的な2本ご紹介したいと思います。
まず、5月19日から公開のアメリカ映画『ソフト/クワイエット』という映画。
あらすじです。アメリカの女性教師エミリーさんが、田舎に住んでいるんですけども、「アーリア人団結をめざす娘たち」という白人至上主義のグループを結成します。
メンバーは6人の女性。今、多文化主義や多様性が訴えられるでしょう。この今の風潮に反感を抱いて、有色人種や移民を毛嫌いしているんです。
鈴木 いらっしゃるでしょうね、そういう方も沢山。
荒木 はい、みんなで日頃の不満や過激な思想を話し合って大いに盛り上がったんです。その後、彼女たちは立ち寄った食料品店で、毛嫌いしているアジア系の姉妹と遭遇して、嫌がらせをするんですね。激しい喧嘩になります。この喧嘩でも腹の虫が治まらないエミリーさんたちは、悪戯半分で姉妹の家を荒らしてパスポートを盗んじゃおうと計画します。
鈴木 ひでー!ひでーな。
荒木 ひで―ですよね。しかしそれは取り返しのつかない事態を招いてしまう…というお話なんです。
ある意味、こんな凶悪で恐ろしい映画は珍しいですね、ここ数年。
しかも全編ワンカットなんですよ。どんどん場面転換しながら、ジェットコースターに乗ってるような気分になってですね、あっという間に終わるという、そういう怖い映画だったんですけど、いろんな意味議論になる映画ですね。
差別をテーマにしているので、ドン引きするような感じですけど。まあアメリカにはこの手の白人至上主義過激派、キリスト教原理主義者、それからオルタナ右翼みたいな人が、特に女性で、普段は表に現れない女性が具体的に描かれると、ちょっとショックでした。この作品女性監督なんです。ベス・デ・アラウージョさんというアジア系の人なんですけど。なぜこんな映画を作ったかと聞かれてすね、それによると今までの人種差別を扱ってきたアメリカ映画は差別や憎悪犯罪を描いてはいても、最後は解決し、未来に希望があるっていう立場で観客に見せている。
これこそが 逆に人種差別や白人至上主義を支えてきたんだ、そんな人道主義では差別はいつまで経ってもなくなりませんよと主張しているんですね。彼女は憎悪犯罪や人種差別の実態をありのままに描き出して、観客が1秒たりとも気を抜くことが出来ないような本当の映画を作ると言っているんです。ある意味、危険で、一歩踏み込んだ攻撃的な作品ですよね。
鈴木 リアリティの塊ですね。
荒木 そうなんですよね。ちょっと話は変わるんですが、ダイちゃんはアメリカにいた時、自分に対する差別とか偏見とか感じたことはありますか?
鈴木 だいぶ前だけどね。今はアジア人に対するヘイトクライムみたいなものは、皆さん単語もよくわかってるじゃないですか。でも昔は、僕は白人対黒人のイメージがあったアジア人として向こう行ったわけよ。そしたらね、あの時代でも、僕がレストランに入って料理を頼んだのね。白人のウエイトレスの方なんですよ。そしたらね、後から入ってきた白人のファミリーの方のオーダーが先に出てくるんだよ。
荒木 なるほどね。
鈴木 で、俺が先に頼んでるのにと思って、何気なく僕のは?って聞いたら、なんか嫌~な顔して、今持ってくるよ、はいはいっていうような顔をして、それでもなかなか持ってこなくて、僕の後の後に来た白人の方のほうに、ハンバーガーとかコーラ出すんだよね。
荒木 なるほど。そういうのあるんだね。
鈴木 ホントにあるんだな、しかも自分に起きるのかなと思って、ちょっとびっくりして、何とも言えない気分だった記憶がありますね。
荒木 でも、それは軽い方かもしれませんね。アメリカ生活長い人とか、田舎の方に行くともっと酷い差別をアジア人としては受けるんでしょうね。
鈴木 やった方から見たら、単なるいたずらぐらいの感覚だと思います。
荒木 そうだよね。この映画もはじめは単なるいたずらだったんですよね。
それが取り返しのつかないことになるということなんですけども。見る人によってはこの作品、腹立つ~、胸糞悪…みたいなおぞましい内容なんです。
だけど、差別ってアメリカやヨーロッパだけの話じゃないですよね。そういう差別や移民に対する排外主義みたいなもの現代の日本にもあるわけですよ。例えば中東やアジアの他の国の人に対して一部の日本の人々が平気で差別や偏見を語っていますよね。自分たちも差別される立場にいるのにね。
鈴木 ほんとそうですよね。
荒木 基本 差別って必ずどこの国やコミュニティにも存在するんですよね。なぜかっていうと、自分は他者より優位でありたいとか。自分より格下だと思われる存在がいつもいることで安心出来るんですよね。そういうのが、根本的意識ですよね。
国家が人を統制する時にはよく利用する手段です。他民族に対する憎しみとか。例えば、日本の場合は江戸時代、身分制度から発生する差別とか事実があるわけですよ。
差別ひどいよねって思ってはいるんですけども、されてはいるんですけども、するというね。そういうものが、自分の中にも、誰の中にもあるんですよ。
鈴木 されたからするっていうDNAがあるんじゃないんですか?人類って何となく。
荒木 そういうことを突きつけられる深い映画です。5月19日から公開の『ソフト/クワイエット』という、本当に考えさせられる、人によってはちょっとダメというかもしれませんけど、面白い映画でした。
鈴木 ソフトなクワイエットっていうのが、皮肉っててイヤだね。
荒木 (笑)次のタイトルもちょっと変わった超個性的な作品です。「老ナルキソス」という。老は老人のろうで、ナルキソスは、映画で水仙、植物の花のスイセンです。
「年老いたスイセン」というタイトル、「年老いたナルシスト」という意味です。ギリシャ神話のナルシスからきてるのね。
鈴木 はいはい。
荒木 ストーリーは、絵本作家の山崎さんというおじいさんが主人公です。実はこの人、同性愛者、つまりゲイでかつ、ナルシストなんですよ。ナルシストっていうのは、自分の容姿や行動に過度な愛情を持つ人ですよね。ちょっとめんどくさい人ですね。
鈴木 (笑)なるほど。
荒木 この山崎さん、最近は、自分の日々衰えてゆく容姿の変貌に耐えられず、作家としてもスランプに陥っていたんです。
ある日若いゲイのレオさんと出会い、その若さと美しさに打ちのめされるんです。
そのレオ君は小さい頃、山崎さんの代表作の絵本を読んでそれを心の糧にして育ったというんですね。
鈴木 そういうところに縁があるわけだね。なるほどー。
荒木 このレオくんに対し山崎さんは、自分以外の人間に生涯で初めて恋心を抱きます。レオくんもまた父親の面影を重ね合わせるというね。それを抱えたままの二人の旅が始まる…というロードムービーですね。
鈴木 ああーなるほど。
荒木 この二人対照的なのは、ひとりは「ゲイ」という呼び名もまだ一般的ではなかった、古ーい時代から日陰者として生きてきたナルシストの老絵本作家で、もうひとりは 性的マイノリティを差別してはいけないという考え方が広まりつつある現代、いわば、LGBT世代に生きているゲイの少年という。
鈴木 だいぶ違うよね!多分ね。
荒木 そうですよね。このふたりの過去と未来の「家族」にまつわる話しです。
監督は 東海林毅さん。もともと短編作品として作ったものなんですよ。
「レインボーリール東京グランプリ」など国内外の映画祭で10以上の賞を取りました。
それを長編化したのが今回の作品です。
先ほどの作品「ソフト/クワイエット」もそうですが、こちらの作品でも、差別というものも入っていて、それを考えさせられる…という。
ロードムービーでもあるちょっと変わったテイストの作品ですけど、面白いです。お薦めです。「老ナルキソス」5月19日から公開です。
鈴木 なるほどなー。差別っていう単語をしみじみ考えて、今自分でもペンで書いてるわけよ。「差別」っていう単語と「区別」っていう単語とあるじゃないですか。そこの差が、それぞれの価値観だったり、美意識だったりで、だいぶ変わってくるんじゃないかと思うんですよね。
荒木 そういうことだと思います。難しいところですよね。みんな感覚違うから。
鈴木 そうですよね。
荒木 さて最後に、ここのところお送りしている「私の好きな映画音楽」 60年代後半に青春を過ごしたという相模原市のアダッチ―さんからいただきました。「若いリスナーさんばかりの中で、私の思い出の音楽は、すごく古くてちょっと恥ずかしいのですが映画「卒業」の主題歌「サウンド・オブ・サイレンス」です。映画そのものを誰と見に行ったとかは、遠い昔なので忘れたのですが、とにかくあの教会でのシーンと全編に流れるサイモンとガーファンクルの音楽には感銘さえ覚え、今でも聞くと涙が流れます」という。
鈴木 いい!
荒木 映画「卒業」今の若い人は知らないでしょうね。ダイちゃんは?
鈴木 観た、観た!もちろん後追いだけど、何度も観たよ。
荒木 1967年の日本公開作品ですので、さすがに私も公開時のオンタイムには見てないですね。将来に不安を抱える青年が、人妻と不倫して、その末にその人妻の娘と恋に落ち、最後は娘が別の男と結婚式を挙げている教会に乱入して、奪って逃げるという。考えてみると無茶苦茶な映画だよね。
鈴木 無茶苦茶な、ひどい映画だよね。
荒木 ダスティン・ホフマンを一躍スターにしたんですけども。実は私、2,3年前、4Kデジタル修復版を何十年かぶりに見たんですよ。
鈴木 で、どうでした?
荒木 よかったですよ。よかったですけど、当時の印象と違ったのはですね、今でもちょっと議論になってるんですけど、最初はハッピーエンドと思っていたんですね、ラストのシーン。ところがよく観てみると、ウェディングドレスのまま2人は、通りかかったバスに飛び乗って、後部座席に座りますよね。だんだん2人の笑顔が消えていくんですよね。見つめ合う事も無く暗い顔になって前を見る中、サウンド・オブ・サイレンスが流れて、映画は終わるんです。あたかも二人の将来に、あ!ひどいことやっちゃったなっていうのを、そこにフォーカスして、不幸を示唆するようなこのラストシーン、これがあるから名作と言われてるんですね。
鈴木 だからか、サウンド・オブ・サイレンスなんだね。
荒木 そうなんです。上手く作ってる。単にハッピーエンドじゃないという空気が満ちてくるんです。このシーンについては いろんな考え方、議論、エピソードがあるのですが、まあ、お知りになりたい人は調べると面白いと思いますよ。
鈴木 改めて観よう!そっかー。
荒木 そうなんですよ。サイモン&ガーファンクルの『サウンド・オブ・サイレンス』と『ミセス・ロビンソン』などの使い方も上手いんで、日本でも大ブームを巻き起こしました。60年代後半に青春を過ごした人間にはバイブルのような作品です。
相模原市のアダッチ―さんですけど、後で聞いていただけますよね。「卒業」の「サウンド・オブ・サイレンス」ということで。
鈴木 ありがとうございました。
荒木 先週今週と懐かしい作品の音楽頂きましたが、古い映画はもちろん、新しい作品関連の音楽も大歓迎ですよ。私が多分、年式が古いと言って気を遣っていただいてるんでしょうけど、スノウマンでも スーパービーバーでも、何でも問題なしです。
鈴木 逆に『サウンド・オブ・サイレンス』をはじめて聞いた方は、今の音楽ですからね!新旧関係ないですから、音は。
荒木 何でも対応可能ですよ。安心してください。履いてますよ!
鈴木 あはははは。是非あなたの映画音楽、送ってください。
荒木 懐かしい曲、新しい曲でも。
鈴木 ありがとうございます。
■荒木久文(あらき・ひさふみ)1952年長野県出身。早稲田大学卒業後、ラジオ関東(現 RFラジオ日本)入社。在職中は編成・制作局を中心に営業局・コンテンツ部などで勤務。元ラジオ日本編成制作局次長。プロデューサー・ディレクターとして、アイドル、J-POP、演歌などの音楽番組を制作。2012年、同社退職後、ラジオ各局で、映画をテーマとした番組に出演。評論家・映画コメンテイターとして新聞・WEBなどの映画紹介・映画評などを担当。報知映画賞選考委員、日本映画ペンクラブ所属。
■鈴木ダイ(すずき・だい)1966年9月1日生まれ。千葉県出身。日本大学芸術学部演劇学科卒。1991年、ボストン大学留学。1993年 パイオニアLDC株式会社(現:ジェネオン・ユニバーサル)入社 し洋楽宣伝プロモーターとして勤務 。1997年 パーソナリティの登竜門であるJ-WAVE主催のオーディション合格 。
現在は、ラジオパーソナリティとして活躍するほか、ラジオ・テレビスポット、CMのナレーション、トークショー司会やMCなど、幅広く活躍。 古今東西ジャンルにこだわらないポピュラー・ミュージックへの傾倒ぶり&造詣の深さ、硬軟交ぜた独特なトーク、そしてその魅力的な声には定評がある。