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映 画

今までにない長澤まさみ主演の「MOTHER マザー」と「のぼる小寺さん」のとっておき情報
(2020年7月4日19:40)
映画評論家・荒木久文氏が、長澤まさみがとんでもない魔性の母親を演じた「MOTHER マザー」と「のぼる小寺さん」の見どころやとっておき情報を大いに語った。
トークの内容はFM Fuji「GOOD DAY」(火曜午後3時、6月30日放送)の映画コーナー「アラキンのムービーキャッチャー」でパーソナリティ・鈴木ダイを相手に話したものです。

鈴木 荒木さん、よろしくお願いします。お元気ですか?
荒木 なんとかね。6月も半分終わっちゃいましたね。
鈴木 今年はコロナもあるから月日が過ぎていく気がしないです。
今まで洋画の紹介が多かったので、今日は邦画をご紹介したいと思います。
一本目は、主演が長澤まさみさんの7月3日公開「MOTHER マザー」という作品です。長澤まさみさんどうですか?

鈴木 上から目線じゃないけど、オーケーですね。タイプっていうわけではないんですけど。
荒木 ははは。立派に上から目線だねー
実際にあった殺人事件をヒントにして作られた重厚なドラマです。久々に今年一番の衝撃を受けた作品ですね。
長澤まさみさん演じる 秋子という30代半ばの女性が中心です。
彼女は若い時から働かず、当然 家族と上手くいきません。シングルマザーになってからも飲んだくれて、浪費癖や盗み癖が治らず、行きずりの男たちとの関係を持ちながら毎日その場しのぎの生活を送っています。息子の周平を小学校にも行かせず、完全に自分の言うことを聞くようしつけています。
幼い周平はそんな母の身勝手で気まぐれなネグレクトや、外から見れば虐待としか言えない仕打ちに遭いながらも必死にこたえようとしています。親子はやがて借金を続けてきた実家からも絶縁され、孤立していきます。社会から完全。孤立し社会の福祉や生活保護などのセーフティネットからも落ちこぼれて、野宿生活をするようにもなります。それに反比例するように母の子供に対する歪んだ愛はどんどん強くなっていきます。そしてそれは、成長した周平をひとつの殺害事件へ向かわせることになるんですが…。
久しぶりに重くて暗いテーマの映画です。とにかく見続けるのが辛くてしんどかったんですけど、面白くて目が離せませんでした。そういう相反する気持ちで観てました。
出演は長澤まさみさん。ホストで内縁の夫、これもどうしようもない男に阿部サダヲさん、
子役の周平君にはオーディションで抜擢された映画初出演となる奥平大兼(おくだいらだいけん)くん、この子がすごくいいです。今後注目ですよ。
そして監督は「日々是好日」「さよなら渓谷」の大森立嗣さん。
今回のベースになっている事件とは、2014年に埼玉県川口市で17歳の少年が実の祖父母を殺害しキャッシュカードなどを奪った事件です。少年は懲役15年の判決で服役中です。
事件後明らかになったのは、彼が母と養父から虐待を受け学校にも通わせてもらえず、各地を転々とし時に野宿生活を強いられていたことなどです。働かない母親に代わり、少年が祖父母や親戚に借金をして生活費の工面をし、14歳も年のはなれた妹を親代わりに育てたと言われています。
とにかく社会から落ちこぼれて、貧困やホームレスなどの生活保護以下の家族を描いた事実に基づいた注目作です。
映画の中でも描かれている母親は、もう何と申しましょうか…鬼母とかそういう表現では表せないとんでもない桁違いの悪魔のようなひどい母です。
鈴木 それを長澤まさみさんがやっているんですか!
荒木 そうなんですよ。こんな役を演じる長澤まさみさんを今まで見たことがない。
ちょっとおかしいんじゃないかと思うぐらい自堕落で、そのくせなぜか、出会う男出会う男は秋子に魅せられて翻弄されてしまう…魅力的なんですよ。それは何なのでしょうか。
長澤さんは元々アクションや清純派コメディヱンヌとしての印象が強いですよね。いつも明るくてさわやか・・・というこれまでのイメージとはかけ離れた難しい役に挑んだということでしょう。というより、大森監督がよくこの女優をイメージの違うこの鬼母役に選んだというか思いついたなとそっちに感心しました。
長澤さん、ほぼ全編ノーメイクで、顔もむくんでいるというか、ちょっと太らせてるのかな?でもどこか魅力的で男が惹かれる・・・というのがわかるんです。ショートパンツであの例の長い脚ばっちりだし、胸もねー、相変わらずですよ。キラキラ感出さないようにしているんだけど、やっぱりあの濃いめのカルピスのCMのような感じで…。
鈴木 キラキラになっちゃってるんですね。どこか。
荒木 この辺りも監督のキャスティングの計算だったのかなと思いましたよ。
長澤さん本人も「とにかくこんなひどい役は初めてで、救いようがないです。こんな母親は世の中にいてはいけない」とインタビューで言っていました。
もうひとり、子供役の奥平大兼くんの演技が素晴らしいんですよ。彼にとって母親は親であって社会であって全世界なんですよね。抑圧された子供にため息しか出ないという感じですが、目の強弱の演技がとても印象的です。追い詰められた周平が、よくしてくれた祖父母の思いを感じながら包丁で切りつけるシーンに奥平くんの演技が印象的でしたね。
もう一点抑えなければいけないのは、この作品は母と子の愛、それも間違った愛を描いた愛の物語、つまりラブストーリーでもあるということですよね。
鈴木 間違っても愛は愛なんですよねぇ。
荒木 そう、「愛」なんですよ。
映画の中で秋子は「あれはあたしが生んだ子なんだからどう育てようと勝手でしょ?」と繰り返し言うんですね。「舐めるようにしてずっと育ててきたの」とも。
「自分の分身なのだから自分だけに従順である事」を望むんです。明らかに歪んだ愛情でも間違っていても、「愛」には変わりないんですよね。学者に言わせると、子供に対する愛は自己愛と同じという人がいますよね。自分に対する愛情というふうに突き詰めると言えるんですけど。本来、独立した人格である子供を分身か所有物とみなしている、こういう考え方をする母親っていないこともないですよね。まあ見方はいろいろあるでしょうから、そのあたりは鑑賞してから皆さん判断してください。
親子愛やマザコンのレベルを超えた、親子の「共依存(ともいぞん)の愛」。
ふたりの悲惨さをこれでもかと見せられ、周りの人々も一部を除いて善意のない人ばかり…というかクズばかり。
重く、やるせない、救いようがない気持ちになりますがスクリーンから目が離せません。
鈴木 笑えるシーンは一つもないですか?
荒木 ないですね。
とてもいろいろなこと、母と子、子供の自立、子供と社会の在り方、福祉の問題、セーフティネットの在り方…笑いはありませんがいろいろ考えさせられる見応えある映画です。
取り合えず、今年の話題作のひとつでしょう。
「MOTHER マザー」7月3日公開です。
重い暗い映画の後は、ちょっと明るい映画です。
7月3日から公開「のぼる小寺さん」という作品です。
ダイちゃんボルダリングって知ってますよね?
鈴木 知ってますよ、もちろん。
荒木 壁のぼりですね。競技壁のぼり。
最近、日本代表の選手たちは来年予定のオリンピックの“メダル候補”と呼び声高いらしいですね。とても若くて優秀な選手が出てきているみたいですね。
鈴木 そうですよね。イケメンも美人さんもいますからね。
荒木 やったことはないでしょ?やってみたいですか?
鈴木 いやー腕がポキっていっちゃいそうでやだなぁ。
荒木 今回ご紹介するのはこのボルダリングに熱中する女子高校生が主人公の青春ドラマです。
ある地方の高校のクライミング部に所属している高校2年生の小寺さんは、大好きなボルダリングに夢中です。小寺さんは何事にも一生懸命だけど、他のスポーツは大の苦手で周囲から見るとちょっと変わり者という存在です。
一方、同じクラスの近藤君はなんとなくやる気もなく、卓球部に所属し気のない練習をしているのですが、隣で一生懸命に練習しているクライミング部の小寺さんが目に入ります。
小寺さんの文字通り目の前の壁に対し、自分の目標に本当に一心不乱に挑み続ける姿を見て徐々に影響を受けます。そして知らず知らずのうちに小寺さんに惹かれていきます。小寺さんはとてもまじめな性格でかわいいんですが、天然キャラなんです。
目立たないのですが、一生懸命の努力型。決してモテるというタイプではありません。
今のちょっと先端いっている連中から見ると、ちょっとかっこ悪く思われてしまうタイプですね。そんな独特の存在の小寺さんに、近藤君以外の人たちもだんだん惹かれていきます。
主演の小寺さんには、アイドル好きの人だったらご存知だと思いますが、元モーニング娘の工藤遥ちゃん。工藤さんの真剣なまなざしで、ちょっと抜けてる愛嬌たっぷりのキャラクターはぴったりです。
鈴木 魅力的じゃないですか!
ボルダリングはクライミング部員全員が4ヶ月強の猛特訓を受けたそうです。
近藤君には、「惡の華」の伊藤健太郎くんです。彼は今売り出し中の俳優さんです。「惡の華」ではちょっと変わった高校生を演じていましたが、今回は等身大の役柄というところでしょうか。
ダイちゃんの高校生のときにもいたと思うんですけど、一つのことに夢中になって一生懸命に一心不乱で頑張っている子っていたよね?
鈴木 いた。サッカー部で、左のアウトサイドでフェイントばっかり練習している人がいて、それにちょっと影響されましたね。
荒木 目立つ子じゃないんだけど、一生懸命で魅力的ですよね。観てると、こういう人いたなぁと懐かしく思えるんですよ。
小寺さんに出会った高校生たちは、小寺さんの一途さに比べてまだ人生の目標や今の生活に迷っています。彼女に影響され、それぞれの目指す場所を見つけに一歩を踏み出していく、変ってゆく、成長してゆく。そういった感じの映画です。
高校時代は特に友達や先生の影響を受けやすいですからね。
僕にも内堀くんという友人がいました。
鈴木 内堀くん!?何者ですか?
荒木 生徒会長だったんだけど、一生懸命で小寺さんっぽかったですよ。本当に生徒会のために頑張ろうとしている人で、初めは馬鹿にしていたんですけど、この人のために何か助けないと思えてくる人でしたね。
鈴木 その内堀くん、今 何されてるんですか?
荒木 今はどこかの労働団体の役員やってるみたいです。
鈴木 やっぱり周り引っ張ったりしてるんだね。
荒木 そうなんだよね。
そういう意味では夢のように過ぎた、まあある人にとってはあまりいい思い出がない高校生時代でしょうが、かつての想いを呼び起こしてくれる、そんな群像劇です。
今の高校生が主人公の映画はぴちぴちしていて明るくて、ダサいのはちょっとかっこ悪いという感じのものが多いんですが、こういう真面目な女の子を描いて周りもそれ受け入れるという作品です。
壁ドンとかちょっとエッチなものとかでなくて、昔あった「桐島、部活やめるってよ」みたいな雰囲気の作品です。
鈴木 おー!熱くなりますねー!
荒木 そうそう。
監督は青春ドラマの名匠、古厩智之(ふるまやともゆき)監督。
脚本は、映画『けいおん!』、映画『聲の形』など、若者に絶大な支持を受ける注目の脚本家、吉田玲子さん。この二人のコンビもとても良いですね。
「のぼる小寺さん」というタイトルもいいです。
久々のちょっと変わった青春映画、観ていただきたいと思います。7月3日から公開です。
鈴木 でも高校生くらいのときを思い出すと、むちゃくちゃ一生懸命登ろうと思ってるけど、それが周りから見るとぷっと笑っちゃうくらい真剣なんですよね。
荒木 そうなんですよ。真剣なんですよ。みんなそれぞれ真剣でね。
後で振り返ると良い時代だったと思います。今の高校生には分かるはずもないんですが、本当にセンシティブで青春の時代なんですよね。我々はちょっと懐かしく思うと思いますよ。
鈴木 懐かしくあの時代を思い返すというのは、そのときの情熱が今もくすぶって自分の中にあるからそう思えるらしいです。ただなくなった、じゃなくて。
荒木 そうなんだ。ただの喪失感だけじゃなくてね。
鈴木 そう。欠片がしっかりまだ残ってるから沸々するらしいです。
荒木 そうですか。じゃあまだ僕にも情熱はあるんですかね。
鈴木 いや、荒木さん会うたびに情熱の塊だなと思うよ。
荒木 しばらく会ってないよね。
鈴木 そう、寂しいな!荒木さん会いたい。
荒木 情熱の塊、荒木でした。
■荒木久文(あらき・ひさふみ)1952年長野県出身。早稲田大学卒業後、ラジオ関東(現 RFラジオ日本)入社。在職中は編成・制作局を中心に営業局・コンテンツ部などで勤務。元ラジオ日本編成制作局次長。プロデューサー・ディレクターとして、アイドル、J-POP、演歌などの音楽番組を制作。2012年、同社退職後、ラジオ各局で、映画をテーマとした番組に出演。評論家・映画コメンテイターとして新聞・WEBなどの映画紹介・映画評などを担当。報知映画賞選考委員、日本映画ペンクラブ所属。
■鈴木ダイ(すずき・だい)1966年9月1日生まれ。千葉県出身。日本大学芸術学部演劇学科卒。1991年、ボストン大学留学。1993年 パイオニアLDC株式会社(現:ジェネオン・ユニバーサル)入社 し洋楽宣伝プロモーターとして勤務 。1997年 パーソナリティの登竜門であるJ-WAVE主催のオーディション合格 。
現在は、ラジオパーソナリティとして活躍するほか、ラジオ・テレビスポット、CMのナレーション、トークショー司会やMCなど、幅広く活躍。 古今東西ジャンルにこだわらないポピュラー・ミュージックへの傾倒ぶり&造詣の深さ、硬軟交ぜた独特なトーク、そしてその魅力的な声には定評がある。FM Fuji『GOOD DAY』(火曜午前10時)のパーソナリティなどに出演中。
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