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映 画

「オフィサー・アンド・スパイ」「帰らない日曜日」のとっておき情報
(2022年6月4日10:15)
映画評論家・荒木久文氏が「オフィサー・アンド・スパイ」「帰らない日曜日」のとっておき情報を紹介した。
トークの内容はFM Fuji「Bumpy」(月曜午後3時、5月30日放送)の映画コーナー「アラキンのムービー・ワンダーランド」でパーソナリティ・鈴木ダイを相手に話したものです。

鈴木 荒木さん、よろしくお願いいたします。
荒木 今日は、フランスとイギリスの映画からご紹介しましょう。
6月3日から公開の「オフィサー・アンド・スパイ」という作品です。と言ってもダイちゃんの好きなスパイアクションとはちょっと違うのですが…。
ここでいう「オフィサー」というのは軍隊の高級な士官・将校のことですね。だから、「将校とスパイ」とでも訳しますか?
この映画は19世紀の終わりにフランスで起こった「ドレフュス事件」という事件をテーマにしています。
ストーリーです。時は1894年、フランス陸軍大尉ドレフュスというユダヤ系の人なんですが、この人が、ドイツに軍事機密を渡したということで陸軍情報部から告発され、スパイ容疑で有罪になり、遠い島の監獄(あのパピヨンのモデルとなった仏領ギニアの悪魔島)での終身刑を言い渡されます。
ドレフュスが監獄に送られた後、彼を有罪にした陸軍情報部の長官に任命されたのが、ピカール中佐という人。この人がタイトルにある『オフィサー・アンド・スパイ』のオフィサーに当たる人なんです。この人中心に話が回ります。
このピカールが、その陸軍情報部に入ってみると、そこは問題だらけの組織だったんです。機密の保護や文書の保存、杜撰極まりなく、でたらめなところだったです。
そのうえ 文書の改竄、証拠捏造とどこかの国の誰かの総理大臣の時にも通じるような
様相を呈してきます。こういうのは昔からあることですねー。
鈴木 あるんでしょねー。
荒木 そんな中でピカール中佐はかってのドレフュスの事件で彼の無実を示す証拠を発見してしまいます。そしてあの事件は間違いでドレフィスは無実ですと訴えるのですが、上層部は逆に一度出した結論に変更などない。権威のある我々が出した結論がすべてだ!!と逆に彼を左遷した上に裁判にかけてしまいます。
しかしピカールは当時の有名人などに支援を求め、過酷な闘いに身を投じていくというものなのですが…。
ピカール役は映画「アーティスト」などで有名なフランスの国民的俳優
ジャン・デュジャルダン。日本の役所広司という感じの人ですよ。
鈴木 なるほど。
荒木 この事件、ポイントがいくつかあります。1点目。ピカールが戦ったのは腐敗した陸軍や政府といった権力ばかりではありませんでした。
もう一つの敵がいたんですね。それは反ユダヤ勢力なんですね。さっき言ったように
さきにスパイとされたドレフュスという人はユダヤ系だったんですね。
当時のフランスはユダヤ人差別が激しく、軍隊などは特にその傾向が強かったんですね。
ユダヤ人だからやりかねないと、証拠もなし、差別と偏見で彼をスパイだと決め付けちゃったんですよ。しかもそれに差別的な新聞が飛びついて「ユダヤ人はスパイだ、危険だ」とキャンペーンを張ります。国家ぐるみでユダヤ人を叩くということが行われたんです。
これがドレフュス事件ですが、これがフランスにとって拭い去ることのできない歴史上の大きな汚点となるんですね。
ダイちゃん、フランスというと…イメージ的にはどんなでしょう?
鈴木 フランスはね、昔から人権の国というイメージがあるから…
裏の顔もあるんですね。国にも…。
荒木 18世紀のフランス革命のとき、革命軍が付けた帽章の色に由来する、 青・白・赤の三色旗(トリコロール)は「自由・平等・博愛」を表します。
フランスは第2次大戦中にナチスドイツに占領され国内でのユダヤ人狩りが始まります。つまりフランスはナチスに占領されたのでユダヤ人狩りが行われたという理屈だったんですね。ところが、その40年も前に、フランスではフランス人によるすごいユダヤ人差別があったってことを証明しているのがこのドレフュス事件なんですよ。
ポイントの2点目。それはこの事件がその後イスラエル建国の遠い起源となったということです。ハンガリーのユダヤ人ジャーナリスト テオドール・ヘルツルという人。
彼は新聞記者なんですけれど、ドレフュス事件を取材していくうちに反ユダヤの実情を知って、考えます。ユダヤ人は国を持たない民族だったのですが、自分たちの国を作らないと人種が抹消されてしまうって思うんですね。
実際に40年後にホロコーストが起こります。で、ヘルツルは「ユダヤ人はパレスチナに戻って国を作るべきだ」っていうことを初めて言いだした人なんですよ。これをシオニズムって言うんですが、(シオンに帰ろう・・という意味の)いわゆるシオニズム運動を起こすわけです。その後運動の先頭に立つんですね。そして第2次世界大戦後 イスラエルという国を建国するということになるわけですね。当時は国を作る場所は、必ずしも聖地エルサレムがあるパレスチナにこだわらず、南アメリカのアルゼンチンや、アフリカのウガンダも候補地にしていたらしいですね。
鈴木 かなりの原因ですね。
荒木 この人が言いださなければ、イスラエルって国は作られなかったかもしれないですよ。ドレフュス事件があったからこそ、イスラエルっていう国を作ろうということになったわけで…。だから、もし差別がなかったらイスラエルを作らなくてすんだわけですよ。
そしたら、今のようなアラブとイスラエルの問題は起こっていない。まさにバタフライエフェクト、風が吹けばなんとやらですね。
鈴木 なるほど…。
荒木 そしてこの映画の監督は、ロマン・ポランスキー。
名前聴いたことありますか?
有名なのは「ローズマリーの赤ちゃん」という作品で有名ですが、この人自身もポーランド系のユダヤ人なんですよ。母親はアウシュビッツで亡くなっています。何とか戦後を生き抜き、多くの作品を残した人でもう80過ぎでしょう…。
鈴木 シャロン・テート事件ですよね。
荒木 そうなんですよ。この監督もいろいろあった人で、奥さんだったシャロン・テートさんを、例の、マンソンを首領とするカルト集団に殺されたり、彼自身が1970年代にアメリカで未成年の女の子からレイプで訴えられたり、ほかにも未成年の女性と問題を起こしていると言われ、事実関係は不明のままアメリカからフランスに逃げている状態なんですよ。
あのダイちゃんの大好きなナスターシャ・キンスキーを、10代のころから愛人にしていたとも言われていますよね。
鈴木 そうなんですよ。
荒木 まあ、私は好きな監督なのですがね。
そんな歴史的示唆に富んだ作品、ユダヤ人の運命と、いわば世界の歴史を変えた「ドレフュス事件」をテーマにした「オフィサー・アンド・スパイ」大変、見応えあります。
6月3日からの公開です。
次は イギリスのお話「帰らない日曜日」というタイトル 現在公開中です。
名家の子息と孤独なメイドの秘密の恋を描いたラブストーリー。
舞台は1924年3月 第1次世界大戦後のイギリスです。
主人公は身分の高い人の屋敷に使える若いメイドのジェーン。
彼女には秘密の恋人がいました。それは近い場所にある別の家の名門貴族の息子ポールで、しかも彼は別の女性と結婚寸前だったんですね。

鈴木 なんですかねー。
荒木 イギリスはご存知のように今でも階級制度が残っていて。昔はメイドと名家の息子の恋なんてとんでもないことですよね。
そのころイギリスには3月に、彼女のようなメイド、住み込みの使用人が年に一度の里帰りを許される「母の日の日曜日」というのがあるんですね。日本の藪入りみたいなものですね。これが原作のタイトルでもある、「マザリング・サンデー」です。
しかし彼女は親の顔も知らない孤児院育ちで帰る家はないのです。
ですから その日は朝からポールと秘密のデートです。家族が留守の彼のすごいお屋敷の寝室でまったりというか、激しい恋のひと時を過ごします。
鈴木 あらら…。
荒木 そして夕方 屋敷に戻ったジェーンに思いがけない知らせが待ち受けていました…というお話なんですが…。
めっぽう官能的というか、宣伝資料には「匂い立つほどに優雅で甘美な官能描写にあふれるセンセーショナルな物語」という売り文句ありますが、まさに…これが、ぴったりくる作品です。
主演のオデッサ・ヤングは現在24歳のオーストラリア出身の女優さんで、これまでには 「グッバイ・リチャード」「ザ・スタンド」などの作品に出演していて、私も見ているんですが、まだまだ新人さん 本格的な役は今回が初めてですよね。
鈴木 これから楽しみですね。
荒木 本当に匂い立つという言葉がぴったりの素晴らしい演技というか、存在感と透明感が素晴らしいです。
作品の半分ぐらいは彼女、全裸、素っ裸なんですけど、輝くような白い肌 官能的な瞳、流れるような鈍いブロンド、彼女が誰もいない古い邸宅を歩き回ります。彼女の白い肢体が古―い大きな屋敷のなかの暗さに映えて、まさに輝くばかりです。
鈴木 わかるわかる…。
荒木 誰かが宗教画のようだと言っていましたが、確かに素晴らしい古典絵画を見ているようです。わたし、オンラインで見たので、何回も繰り返し見返しましたよ。私が「官能的なベッドシーン」とか、「匂い立つ色気」とかいうとなんかいやらしく聞こえるでしょうが、エッチ描写はそんなの激しくなく、終わった後の甘く気だるい時間の風景が印象的なんですよ。
相手役ポールにはジョシュ・オコナー、これも新人さんに近い人ですね。そして、なんとアカデミー俳優のコリン・ファースとオリビア・コールマンがジェーンの屋敷の主人夫婦で共演しているのですが、こちらも素晴らしい存在感です。もう一人「恋する女たち」「ウィークエンド・ラブ」で2度もアカデミー賞女優賞に輝き、政治家としても活躍したグレンダ・ジャクソンも短い時間ながらも顔を見せています。
鈴木 へえーすごい顔ぶれですね。
荒木 そうですね、演出は女性監督のエヴァ・ユッソンさん。過去には女優さんもやっていた監督で、この人 今度日本を舞台にした映画を撮るという話もあって、注目です。エヴァ・ユッソン覚えておきましょう。
特徴的なのは時系列をシャッフルして描かれている部分、最近はこういう作品多いのですが、原作はブッカー賞作家グレアム・スウィフトの小説「マザリング・サンデー」ですが、この小説はノーベル賞作家カズオ・イシグロが絶賛したという作品。
鈴木 お墨付きですね。
荒木 メイドとお坊ちゃんの身分違いの「禁断の恋」というと、引き裂かれるとか、捨てられるとかの想像をしますが、そんなことは描かずひとりの若い女性の人生を変えた一日の出来事を中心に、激しくも愛おしい1日の出来事をある意味冷静に描写しています。
鈴木 これ見よう!!
荒木 そして やがて、小説家になったジェーンが、彼女の人生を一変させたあの日のことを振り返る…という形式で語られるのですが、その後の人生も描かれています。注目の作品です。おすすめ、特に若い女性向けかもしれませんね。
「帰らない日曜日」現在公開中です。
鈴木 荒木さん すてきな作品のご紹介ありがとうございました。

■荒木久文(あらき・ひさふみ)1952年長野県出身。早稲田大学卒業後、ラジオ関東(現 RFラジオ日本)入社。在職中は編成・制作局を中心に営業局・コンテンツ部などで勤務。元ラジオ日本編成制作局次長。プロデューサー・ディレクターとして、アイドル、J-POP、演歌などの音楽番組を制作。2012年、同社退職後、ラジオ各局で、映画をテーマとした番組に出演。評論家・映画コメンテイターとして新聞・WEBなどの映画紹介・映画評などを担当。報知映画賞選考委員、日本映画ペンクラブ所属。
■鈴木ダイ(すずき・だい)1966年9月1日生まれ。千葉県出身。日本大学芸術学部演劇学科卒。1991年、ボストン大学留学。1993年 パイオニアLDC株式会社(現:ジェネオン・ユニバーサル)入社 し洋楽宣伝プロモーターとして勤務 。1997年 パーソナリティの登竜門であるJ-WAVE主催のオーディション合格 。
現在は、ラジオパーソナリティとして活躍するほか、ラジオ・テレビスポット、CMのナレーション、トークショー司会やMCなど、幅広く活躍。 古今東西ジャンルにこだわらないポピュラー・ミュージックへの傾倒ぶり&造詣の深さ、硬軟交ぜた独特なトーク、そしてその魅力的な声には定評がある。