「花腐し」 荒井晴彦監督・綾野剛主演 2人の男と1人の女の愛と性と情念の物語

(2023年11月6日13:00)

「花腐し」 荒井晴彦監督・綾野剛主演 2人の男と1人の女の愛性とと情念の物語
『花腐し』ポスタービジュアル

 松浦寿輝の芥川賞受賞作「花腐し」(読み:はなくたし)を荒井晴彦監督がピンク映画界を舞台に変えるなど大胆に脚色し、2人の男と1人の女が織りなす、切なくも純粋な愛と性と情念の物語を描いた作品。
『赫い髪の女』(79)、『キャバレー日記』(82)など日活ロマンポルノの名作や、『遠雷』(81)、『Wの悲劇』(84)、『ヴァイブレータ』(03)、『共喰い』(13)など数多くの脚本を手がけてきた荒井監督の『火口のふたり』(19)に続く自身4作目の監督作品。

「花腐し」 荒井晴彦監督・綾野剛主演 2人の男と1人の女の愛性とと情念の物語

主人公のピンク映画の監督・栩谷(くたに)に「日本で一番悪い奴ら」(16)、「新宿スワン」シリーズ(15~17)、「ヤクザと家族 The Family」(21)など数多くの話題作やドラマに出演する綾野剛、脚本家志望の伊関に「君の鳥は歌える」(18)、「ポルトの恋人たち 時の記憶」(17)など数多くの映画やドラマで活躍し、「火口のふたり」(19)以来荒井監督作品に2度目の出演となる柄本佑。2人が愛した女優・祥子に、「窮鼠はチーズを夢見る」(20)、「六本木クラス」(テレビ朝日系)などで活躍する女優さとうほなみ。彼女は「ゲスの極み乙女」のドラマー、ほな・いこかとしても活動している。
そして、ピンク映画の監督・桑山役と寺本役にそれぞれ吉岡睦雄と川瀬陽太、中国からの留学生リンリン役に MINAMO、韓国からの留学生ハン・ユジョン役に Nia、栩谷が身を寄せるビルのオーナー・金 役にマキタスポーツ、韓国スナックのママ役に山崎ハコ、ピンク映画の製作会社社⻑・小倉役に赤座美代子、脚本家・沢井役に奥田瑛二など多彩なキャストが揃った。

「花腐し」 荒井晴彦監督・綾野剛主演 2人の男と1人の女の愛性とと情念の物語

監督:荒井晴彦 原作:松浦寿輝『花腐し』(講談社文庫) 脚本:荒井晴彦 中野太
製作:東映ビデオ、バップ、アークエンタテインメント
  制作プロダクション:アークエンタテインメント
  配給:東映ビデオ
2023年/日本/137分/5.1ch/ビスタ/モノクロ・カラー/デジタル R18+
  (C)2023「花腐し」製作委員会
11月10日(金)テアトル新宿ほか全国公開


■ストーリー
5年も映画を撮れていないピンク映画の監督・栩谷(綾野剛)は、アパートの大家の金(マキタスポーツ)に家賃の支払いを待ってもらうよう頼みに行くと、金の別のアパートから出ていこうとしない脚本家志望だった男・伊関(柄本佑)を退去するよう説得してくれと頼まれる。そして雨が降りしきる中、伊関のアパートを訪ねると、最初は栩谷の退去勧告をかたくなに拒否していたが、次第に栩谷に自分と似た感性を感じて部屋に招き入れ、缶ビールを飲み交わしながら映画の話などをする。そしてお互いに過去に愛した忘れられない女の話になる。栩谷は業界の女優と雨が降りしきるバー街の路地で燃え上がり、やがて同棲するようになる。蜜月の日々を過ごすがお互いの想いがすれ違うようになるなか、突然訪れる悲劇的な別れ。そして伊関は深い仲になり同棲するようになった女の話をし始める。体を重ね合い思いを深める日々が続くが、妊娠を機に結婚を望む伊関と、女優としての成功に賭ける彼女は破局。最後の日に2人は激しく求め合い肉体がぶつかり合う。栩谷と伊関はアパートでバーで、それぞれの男女の愛と性と情念が潮が満ちて引くように流れていく様を語りあう。だが、実は2人が愛した女性は同じ女性で女優の祥子(さとうほなみ)だった事が分かり、一人の女をめぐる2人の男の数奇な物語が交錯してゆく。

「花腐し」 荒井晴彦監督・綾野剛主演 2人の男と1人の女の愛性とと情念の物語

「花腐し」 荒井晴彦監督・綾野剛主演 2人の男と1人の女の愛性とと情念の物語

■見どころ

タイトルに引用された万葉集の和歌「花腐し」とは、きれいに咲いた卯木(うつぎ)の花をも腐らせてしまう、じっとりと降りしきる雨を表現しているという。そのタイトル通り、梅雨の雨が降りしきるある日に出会った栩谷と伊関は、自分たちが愛したそれぞれの女について語り始めるのだが、その現在のシーンはモノクローム描かれ、栩谷と祥子、伊関と祥子の過去のシーンが対照的に鮮やなカラーで描かれるという趣向が印象的だ。さとうの綾野と、そして柄本とのセックスシーンの官能的でディープな描写はピンク映画、日活ロマンポルノを経験している荒井監督の独壇場といったところだ。その昔、ピンク映画が全盛のころ、モノクロ映画だがセックスシーンだけが突然カラーになる仕掛がファンの間で人気を呼び、より強烈な印象を残したものだった。本作は過去シーン全体がカラーで、そてとは違うが、どこかあのときの鮮烈さを思い起こさせるものがあった。さとうの文字通り体当たりの熱演の性愛シーンは圧巻だ。また、綾野剛がじっとりと降る雨に溶け合うような湿潤で繊細な演技を見せ、柄本が脚本家志望の男を独特の感性で奔放に演じている。モノクロームとカラーの使い分けなど、様々な趣向が凝らされているエンターテイメント性。そしてさとうと綾野がバーのカラオケで歌うなど劇中に山口百恵のラストソング「さよならの向こう側」が使われているのも印象的だが、これはピンク映画時代と愛した女へのレクレイエムなのか。純文学的要素と70年代のアナーキーなピンク映画や日活ロマンポルノの文芸色、作家性が強かった作品のテイストが交錯する、濃密で観客の心をも濡らす秀逸な作品になっている。