「ストーリー・オブ・フィルム 111の映画旅行」 壮大な映画の冒険旅行に誘うドキュメント映画

(2022年6月8日10:35)

「ストーリー・オブ・フィルム 111の映画旅行」 壮大な映画の冒険旅行に誘うドキュメント映画
「ストーリー・オブ・フィルム 111の映画旅行」((C) Story of Film Ltd 2020)

北アイルランド・ベルファスト出身のフィルムメーカーで作家のマーク・カズンズ監督(57)が、2010年から2021年の11年間に映画がどう変化し進化を遂げたのかを111本の映画を取り上げて追跡したドキュメント映画。ハリウッドのメジャー作品からアート系作品、さらにはヨーロッパ、インド、韓国、日本など世界各国の作品を対象に、「映画の情熱と革新」、「今後歴史に残る作品は?」、「世界中の映画における革新のストーリー」といった独自の視点でとらえた「”新世代“のストーリー・オブ・フィルム」であり、壮大な映画の冒険旅行に誘うドキュメント映画になっている。

カズンズ監督は2011年、19世紀末の創成期から2000年代までの映画120年の歴史を、膨大な作品の印象的なシーンと監督や俳優のインタビューで構成した全15章、全編900分以上のドキュメントTVシリーズ「ストーリー・オブ・フィルム」を制作して注目された。同シリーズを制作する前には「The Story of Film」(日本未発表)を発表してタイムズ紙に「映画について書かれた本の中で最も素晴らしい本」と絶賛され、TVシリーズ製作は同著がきっかけになっているとい。「365日映画を鑑賞する男」で、これまで見た映画は1万6000本を超えるという”究極の映画オタク“であり映画研究家の独自の映画論に注目だ。

ちなみにカズンズ監督は、一番好きな映画は今村昌平監督の「日本昆虫記」(1963年)で「小津安二郎監督作品こそが、まさに映画の古典」と語り、日本映画の大ファンで邦画に精通している。今作でも小津監督の「東京物語」(1953年)などに出演している女優の香川京子や是枝裕和監督の「万引き家族」を取り上げている。 ■「ジョーカー」と「アナ雪」の共通点とは?

映画の冒頭で、ホアキン・フェニックス演じるジョーカーがニューヨーク・ブロンクスの階段で踊る「ジョーカー」(2019年)の有名なシーンが登場し、同作のヒットで撮影が行われた階段には観光客が訪れジョーカーのまねをして記念撮影する様子も紹介される。Google Mapで「ジョーカーの階段」で検索出来るほど有名になっているという。続いて大ヒットアニメ映画「アナと雪の女王」(2013年)のアナが主題歌「Let It Go」(日本版は「Let It Go~ありのままで~」)を歌うシーンが紹介され「近年最も鑑賞された2つの映画シーン」(カズンズ監督のナレーション、以下同)としたうえで、「怒れる男」ジョーカーと「怒れる女王」アナは「どちらも解放がテーマ」とユニークな視点で2つのヒット作を結び付けた。そして「映画は間違いなく今もパワーを持つ。我々を虜にする」「この時代あまりにも多くのことが起きた。束縛から自分を解き放ち、映画の別世界へと逃げ込みたくなる」画の別世界に逃げたくなる」という。

「ストーリー・オブ・フィルム 111の映画旅行」 壮大な映画の冒険旅行に誘うドキュメント映画
マーク・カズンズ監督((C) Story of Film Ltd 2020)



■第1部「映画言語の拡張」

第1部では「慣習にとらわれずに撮られた映画の世界」「全く新しい手法で撮られた作品」「映画という媒体を刷新し見たこともないものを表現した」ことで「映画言語の拡張」をもたらした作品を、コメディー映画、アクション映画、ダンスや肉体についての映画、ホラー映画、スローな映画、政治についての映画、夢についての映画などに分類して多岐にわたって取り上げ解説している。

コメディー映画では「21世紀に新しいことをした作品」として「ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー」(2019年、オリヴィア・ワイルド監督)とアミール・カーンが宇宙人役を熱演して大ヒットしたインド映画「PK ピーケイ」(2014年、ラージクマール・ヒラニ監督)を取り上げた。後者はカーンのドタバタ劇があり、インド映画特有のカラフルでエネルギッシュンなダンスシーンがありで進むが1時間過ぎたところで楽しいコメディー映画が一変、駅でテロ攻撃があり「現代映画の中で最大級のトンのシフト」だと指摘する。
「ブックスマート」は、女子高生の親友同士を演じたケイトリン・フェレルとビーニー・フェルドスタインのはじけた演技が話題を呼んだが、2人の「コントのようなやり取り」など「映画全体がジャンプカットのようだ」と指摘。(ジャンプカットとは、映像編集手法の一種で同様のショットを、事件の経過を飛ばして繋ぎ合わせること:Wikipedia)「テンポの速さとエネルギー」などで「コメディー映画の世界を拡張した」と評価した。
また「デッドプール」(2016年、ティム・ミラー監督)も「スピーディ―でシャープ」、「へんてこさが散りばめてある」ことなどで「スーパーヒーロー・コメディの言語の拡張だ」と指摘した。
ウガンダのコメディー映画「クレイジー・ワールド」(2014年、ナブワナ・IGG監督)はハリウッドの海賊版対策をあざ笑うなど「想像力だけでこんなに面白くなる」という。さらには「プティ・カンカン」(2014年、ブリュノ・デュモン監督)などを取り上げている。

アクション映画では「血の抗争」(2012年、アヌラグ・カシャップ監督)や「マッドマックス 怒りのデスロード」(2015年、ジョージ・ミラー監督)、「ベイビー・ドライバー」(2017年、エドガー・ライト監督)など。ダンスや肉体についての映画では「ハスラーズ」(2019年、ローリーン・スカファリア監督)、「ビヨンセ レモネード」(2016年、メリーナ・マツーカス監督)などを取り上げている。

■第2部「我々は何を探ってきたのか」

第2部では「映画言語を拡張しただけでなく新言語を産んだ作品」、「21世紀の映画がルールを打ち破った方法とその理由」を見ていく。
「ザ・スーベニア 魅せられて」(2019年、ジョアンナ・ホッグ監督)。オペラに向かう女性の顔を移さず。ドレスの後ろ姿のみを映す。古い絵画の一部だけを見ているようだという。
「Abou Leila」(2019年、アミン・シディ・ブーメディアン監督)制服姿の男が壁に向かって歩く。男は過去のフラッシュバックや厳格に悩まされている。砂漠の真ん中にある壁のヘリから砂漠に抜けたかと思うと街の通りになる。「我々は“敷居”を超えたのだ」と解説する。
「ホーリー・モーターズ」(2012年、レオス・カラックス監督)のワンシーン。パジャマ姿の男がホテルの部屋で空気を吸いに出てくる。木々が描かれたホテルの壁紙を押すと、壁が破れて隣の部屋に出る。さらに歩いてドアを開けると映画館の2階の客席に出る。「素晴らしい映画の始まり」という。「ベッドからシネマ。海底から新しい世界へ」。この男はカラックス監督が演じている。「近年の映画で有数の視覚的”敷居越え”だ」と指摘する。
また「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」(2013年、ジョナサン・グレイザー監督)の、エイリアンの女(スカーレット・ヨハンソン)が黒い液体の上を歩き、女を追って男はその中に溺れるシーン。「両作品ともに新たな視点を提供した」「革新的なSF映画」と指摘している。

ストリーミングの登場で「好きな時に好きなものを」が可能に。これまでは映画の供給元が力を握り我々を操っていたが、今の時代は我々が彼らを操っているという。また、「YouTubeは世界を覆う映画小屋」だと指摘する。2004年にサーファーが考案したGoProが発売され、安価で魚眼モードの撮影が可能になった。民族思学舎の2人が撮った「リヴァィアサン」(2012年、ルーシアン・キャステーヌ=テイラー監督、ヴェレナ・パラヴェル監督)は、魚にカメラを取り付けて人間の目では不可能なショットを撮った。「近さ、ぬめぬめ感、没入感、ランダム感は映画史上ピカイチ」「GoProカメラは映画のコペルニクス」と指摘した。
「タンジェリン」(2015年、ショーン・ベイカー監督)は全編iPhoneで撮影され「動きがよりダイナミックに見える」という。また、フランス映画界の巨匠ジャン=リュック・ゴダールの「偉大な革新」として「さらば、愛の言葉よ」(2014年)での「3D撮影の再発明」を挙げるなど数多くの作品群を取り上げ、様々な角度から映画の革新について明らかにしている。
2021年・イギリス・167分・配給:JAIHO
(2022年6月10日(金)新宿シネマカリテ他、全国順次ロードショー)