「モーリタニアン 黒塗りの記録」9.11米同時テロの首謀者とされ14年間グアンタナモに収監されたモーリタニアの青年の実話を映画化した社会派サスペンス

(2021年10月29日22:00)

「モーリタニアン 黒塗りの記録」9.11米同時多発テロの首謀者とされ14年間グアンタナモに収監されたモーリタニアの青年の実話を映画化した社会派サスペンス
「モーリタニアン 黒塗りの記録」 (TOHOシネマズ 六本木ヒルズ)

2001年9月11日の米同時多発テロの首謀者の1人との疑いをかけられ、起訴もないまま14年間キューバのグアンタナモ米軍基地の収容所に監禁され拷問されたアフリカ・モーリタニア出身のモハメドゥ・ウルド・スラヒの実話を基にアメリカの闇に迫った社会派サスペンス。地獄のような収容所から生還したスラヒは2015年に米政府の検閲で多くの個所を黒く塗りつぶされた手記を出版し、アメリカでベストセラーになり世界20か国で出版された。拷問が行われていたとされるグアンタナモ基地は米国が同時多発テロ事件後にアルカイダの幹部やテロリストなど約780人をアフガニスタンなどから連行して収容したとされる。
スラヒにフランスの俳優タハール・ラヒム、スラヒの弁護を担当した人権派弁護士ナンシー・ホランダーに「告発の行方」(1989年)と「羊たちの沈黙」(1991年)で2度アカデミー賞主演女優賞を受賞したハリウッドの名女優ジョディ・フォスター、スラヒを裁判で死刑にするよう命じられるスチュアート・カウチ大佐に「ドクター・ストレンジ」(2016年)、「アベンジャーズ」シリーズ、「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」(2014年)などの英俳優べネディクト・カンバーバッチ、ホランダーを補佐するテリ・ダンカンにシェイリーン・ウッドリーなどのキャスト。監督は「ブラック・セプテンバー/五輪テロの真実」でアカデミー賞ドキュメンタリー長編賞を受賞し「ラストキング・オブ・スコットランド」などのケヴィン・マクドナルド。カンバーバッチはスラヒの手記を映画化することを熱望してプロデュ―サーに専念するはずだったが、出来上がった脚本に感銘を受けて俳優として出演もした。ジョディ・フォスターは第78回ゴールデングローブ賞の助演女優賞を受賞。タハール・ラヒムは同賞の主演男優賞にノミネートされた。

■ストーリー

2005年、弁護士のナンシー・ホランダー(ジョディ・フォスター)は9・11米同時多発テロの首謀者の一人とされてキューバのグアンタナモ米軍基地の収容所に投獄されていたモーリタニア出身の青年モハメドゥ・スラヒ(タハール・ラヒム)の弁護を引き受ける。同じ法律事務所に勤めるテリ・ダンカン(シェイリーン・ウッドリー)を通訳として同行しグアンタナモ基地で無実を訴えるスラヒに面会するが、足に手錠をかけられ鎖で体につながれているのを見て驚く。「3年間ただ拘束されてる」「俺は無実だ」と訴えるスラヒ。あまりにも人権を無視した扱いと劣悪な環境に置かれ、起訴もされていない上1度も裁判も開かれていないことを見て、「不当な拘禁」としてアメリカ合衆国と当時のブッシュ大統領、アフガン戦争などの指導的役割を果たしていたラムズフェルド国防長官を訴える。
一方、スチュアート・カウチ大佐(べネディクト・カンバーバッチ)はモハメドゥを裁判で死刑にするよう命じられ、起訴するためにチームを組んで綿密な調査を始めるが、死刑ありきだけで決定的な証拠を入手できずにいた。
そうしたなか、ナンシーは再三の開示請求でようやく政府から届いた機密書類に、スラヒの愕然とする供述調書を見つける。テリは「テロリストをかばうのか」と怒りをぶつけ仕事から降りてしまい敗色濃厚になる中、カウチ大佐は政府の機密文書にグアンタナモ収容所でのラムズフェルド国防長官が指示したとされる「特殊尋問」なるものが行われていたことを知り上司に起訴はできないと訴えるが「裏切者」呼ばわりされ裁判の担当から降りてしまう。一方、スラヒは収容所で受けた想像を絶する拷問の実態を文書で告発し事態はドラスティックに展開してゆく。

■見どころ

悪名高いグアンタナモ米軍基地の収容所に何年も監禁され文字通り地獄のような拷問を受けたモハメドゥ・ウルド・スラヒの描写にまずは驚愕させられる。民主主義国家のはずのアメリカの闇が浮上する。生きて出られたのはまさに奇跡といっても過言ではなく、そしてそ体験を手記にして出版した知性と強靭な精神力に驚かされる。そんな実在の人物を見た目もかなり似ている(最後に本人の映像が流れる)フランス人俳優のタハール・ラヒムが熱演している。
そしてスラヒを弁護し究極の困難な闘いに身を投じる人権派弁護士ナンシー・ホランダーをオスカー女優のジョディ・フォスターが圧倒的な存在感を見せて演じている。記者のインタビューを受けるシーンで「テロリストの味方をしていると批判されているが」と聞かれ「殺人を犯した人を弁護しても殺人を容認しているとは言われないし、レイプした人を弁護してもレイプ魔は言われないのに、テロリストを弁護したらテロリストの味方をしているといわれるのはおかしい」とキッパリと言い返すシーンに彼女の心情と信条が象徴されていた。ハイジャック機による自爆テロでニューヨークのランドマークの世界貿易センタービルを倒壊されるなどアルカイダの前代未聞の攻撃を受けてアメリカ全体が対テロ戦争を支持し報復感情に燃えているときにも民主主義と法を守るために敢然と戦った弁護士がいたこと。また、拷問の事実を知って起訴を踏みとどまろうとするカウチ大佐がいたこと、またカウチ大佐を「良心の隊さ」と報道したワシントン・ポスト紙。そして何よりも無実を訴え手記を書いたラヒム。そしてその映画化を実現したカンバーバッチ、フォスターら映画人などなど、そうした人たちの熱い想いが詰まった社会派サスペンスになっていて、収容所のリアルな描写や法廷シーン、ホランダーが見せられるほとんど全編黒塗りの政府の膨大な資料。その黒塗りがない原本の開示を請求する闘い など最後まで目が離せない。

■カンバーバッチ「人間の精神がいかに強いかを描く作品」

製作兼出演のカンバーバッチは「この作品を作れたことを心から光栄に思う」「一言でいえば本作は人間の精神を描く作品だ。政治的立場や政権の打倒や政治的見解を伝える作品ではない。これは人間の視点から、耐えるべきこととそうでないことを描いている。そしてそこから得られる慰めもね。人間の精神がいかに強いかを描く作品だ。モハメドゥがそれを証明してる」「本作が描くのは喜びと希望そして救済だ。そしてその舞台となるのは歴史における特定の瞬間だ。当時は誰もが自問していた。正しい反応とは?テロという凶悪な行為にどうやって正義を下すべきか?テロリストと自分たちの違いは?これは政治スリラーであり法廷スリラーで、対立する双方がそれぞれの正義を信じている。その中にいるのが1人のたぐいまれな男だ。光り輝く魂を持つ彼の姿に観客が魅了され心を痛めることを願うよ」(「モーリタニアン 黒塗りの記録」の公式サイトより)などとコメントしている。
(2021年10月29日(金)より全国ロードショー)