「ミス・マルクス」マルクスの娘エリノアの激動の社会主義運動と波乱の恋愛

(2021年9月8日12:30)

「ミス・マルクス」マルクスの娘エリノアの激動の社会主義運動と波乱の恋愛
「ミス・マルクス」(東京・渋谷区のシアター・イメージフォーラム)

19世紀を代表する哲学者・経済学者で「資本論」の著者として知られ「共産主義者同盟」を結成して革命家として活動したカール・マルクスの末娘エリノア・マルクス(1855年―1898年)の激動の生涯を描いた映画。
父マルクスの遺志を継いで社会主義者として精力的な活動をする一方で波乱の私生活を送ったエリノアに「ダンシング・インサイド/明日を生きる」(2004年)でロンドン映画批評家協会賞助演女優賞を受賞したイギリスの実力派女優ロモーラ・ガライ。彼女が最後まで愛したパートナーのエドワード・エイヴリングに「戦火の馬」(2011年)などのパトリック・ケネディなどのキャストで、監督・脚本は「コズモナウタ宇宙飛行士」(2009年)で長編映画デビューしたイタリアの女流監督スザンナ・ニッキャレッリ。
「ミス・マルクス」は2020年のヴェネチア国際映画祭のコンペ部門に出品されてFEDIC賞(独立賞でイタリア・シネクラブ連盟が授与)、サウンドトラックSTARS賞を受賞。イタリアのアカデミー賞といわれる2021年ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞では作品賞、監督賞など11部門でノミネートされ、プロデュ―サー賞、作曲賞(パンクロック・バンド、ダウンタウン・ボーイズの「Gatto Ciliegia contro il Grande Freddo」)、衣装デザイン賞の3部門で受賞した。アメリカのバンド、ダウンタウン・ボーイズのパンクロックをエリノアの生きざまに重ねるという大胆な演出も注目された。

■ストーリー

1883年、ロンドンのハイゲイト墓地で執り行われたカール・マルクスの埋葬式で、末娘のエリノア・マルクス(ロモーラ・ガライ)がスピーチして父親の想い出を語るシーンから映画が始まる。父マルクスが17歳のときに、母イェニーと出会い、翌年2人が結婚したことや生涯苦楽を共にして信念を貫いたことなどを語る。少数の参列者の中にはマルクスの盟友フリードリヒ・エンゲルス(ジョン・ゴードン・シンクレア)の姿も。そして劇作家のエドワード・エイヴリング(パトリック・ケネディ)がいた。彼の戯曲に魅せられていたエリノアは葬式の後に自分から声をかける。数日後、とある講演会でエドワードに再会。庭を散歩しながら語り合ううちにエドワードはエリノアに熱烈にキスし2人は燃え上がる。
エリノアは社会主義の党の代表としてアメリカを視察する旅にエドワードを誘う。劣悪な環境で働く労働者の話を熱心に聞いて回るエリノアだが、エドワードは豪勢なレストランに彼女を誘い、ホテルの部屋を花でいっぱいにして彼女を驚かせる。だが、その費用を党に請求して怒りを買う。アメリカ旅行から戻ると、同行した関係者たちからエドワードの浪費が過ぎると説教をされ、エンゲルスからもエドワードの浪費癖を忠告されるが、エリノアは聞く耳を持たず、エドワードが既婚者であることを知りながら「エドワードを愛している」と言っては関係を続けた。
そうした中エドワードは、エリノアが長年面倒を見てきた亡き姉の息子ジョニーをフランスにいる彼の父親のもとに送ることを画策し、浪費癖も収まらずアヘンの常習者でもあった。エリノアは社会主義の党の活動を続けながらもエドワードに振り回され借金はかさみ、エドワードと結婚したという若い女が出現し、ついには43歳の若さで自らの命を絶ち激動の生涯にピリオドを打つ。

■見どころ

エリノアはマルクスの6人目の4女で末娘として生まれたが、長女のジェニーと次女ラウラとエリノアの3人の娘以外の子供は幼くして亡くなっている。エリノアは「トゥッシー」の愛称で呼ばれ、幼いころから政治に深い関心を持ち、10代のころから父の秘書として働き、1884年、社会民主同盟に加わり幹部となるが、同年分派して社会主義同盟を結成し、精力的に活動を行い、父の遺作や「資本論」の英語版を手掛ける。その一方で、幼いころからシェイクスピアなど文学や演劇への関心が深く、文学作品や演劇作品の翻訳も手掛け、1886年にはイプセンの「人形の家」をロンドンで上演してノラを演じるなど多彩な活動で知られる。また女性労働組合同盟にも参加するなど女性の権利を主張した。1898年、病弱のパートナー、エドワードが極秘裏に年下の女優と結婚していたことが発覚して深く落胆し、同年3月31日、遺書を残して服毒自殺したとされる。

そうしたエリノアの栄光と挫折の激動の半生をロモーラ・ガイが熱演している。エドワードを同伴してアメリカにわたって活動し、労働者を前に立て板に水の演説シーンは堂々としておりエリノアの聡明さや社会主義の知識の深さ、革命への情熱、そしてマルクスの娘ということも含めて演じ切ったロモーラの迫真の熱演と存在感は圧巻だ。

映画ではエリノアの活動家としての活躍や回想シーンに出てくる父マルクス(フィリップ・グレーニング)との会話なども興味深いが、エドワードとの関係が中心に描かれていて、社会主義者らしからぬ浪費家でエンゲルスにまで借金するなど金銭感覚がなくアヘンの常習者だったエドワードを溺愛するあまり、周囲の忠告に耳を貸さず、彼女の女性の権利、男女平等の思想とは矛盾する彼への隷属的愛というエリノアの弱さも描かれている。

スザンナ監督は、エリノアの「最後の選択」について次のように語っている。「本当の答えは、誰にもわからないと思います。でも私が脚本を書いているときに頭に浮かんだのは、映画『テルマ&ルイーズ』(91年)でした。あの映画のラストでルイーズがテルマに『どうする?』と聞くとテルマは『このまま走って』と言います。わたしはあのエンディングにとても感銘を受けました。エリノアもまた、決して諦めずに闘った人です。結果的にはそうは見えないかもしれませんが、それでもわたしにとっては、最後まで”社会を変える“という希望を持ち続けていた人なのです」(「ミス・マルクス」のパンフレットより)

(2021年9月4日よりシアター・イメージフォーラム、新宿シネマカリテほか全国順次公開)